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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)3147号 判決

原告

佐藤哲美

右訴訟代理人弁護士

伊藤幹郎

小島周一

横山國男

岡田尚

星山輝男

飯田伸一

武井共夫

三木恵美子

被告

武松商事株式会社

右代表者代表取締役

武松喜代治

右訴訟代理人弁護士

青山周

宮本光雄

主文

一  原告と被告との間に労働契約関係が存在することを確認する。

二  被告は、原告に対し、一二九八万〇六五六円を支払え。

三  被告は、原告に対し、平成三年四月一日から毎月三一万〇九七四円あてを毎翌月一〇日限り支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決の第二、第三項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

原告は、主文第一ないし第四項同旨の判決及び第二、第三項につき仮執行の宣言を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

一  被告は、一般廃棄物及び産業廃棄物の収集運搬、一般貨物自動車運送等を業とし、横浜市金沢区幸浦と同市磯子区磯子に営業所を設け、従業員約一〇〇名を擁している資本金七〇〇〇万円の会社である。

二  原告は、昭和五九年三月一日、自動車運転手として被告に雇われ、磯子営業所に配置され、以後ダンプカー(以下原告が被告の業務に使用した自動車を「担当車両」という。)で横浜市環境事業局北部工場(以下「北部工場」という。)の燃焼残滓や神奈川下水処理場の汚泥を運搬する業務に従事していた。

三  被告は、昭和六二年一〇月九日、原告に対し、同日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

四  しかしながら、本件解雇は、原告が全国一般労働組合神奈川地方本部の組合員であり、かつ、被告の従業員に対して組合の必要性を説いてまわっていたことを嫌悪し、原告を排除するためにしたものであるから、不当労働行為(労働組合法七条一号)に該当し、無効である。

五  被告においては、賃金は、毎月一〇日に前月分を支払うものとされている。

原告の本件解雇前三か月間の諸手当てを含む平均賃金は、月額三一万〇九七四円である。

六  よって、原告は、被告に対し、雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、解雇当日からの月額三一万〇九七四円の割合による賃金の支払を求める。

七  被告の主張二の1の事実中、原告が、北部工場内で洗車をし、同工場内で一度立小便をしたことは認め、それ以外の洗車と立小便の事実は否認し、その余の事実は知らない。右洗車は、同工場内に待機中、水道からバケツに水を汲み雑巾で担当車両の運転席のまわりやウインドーを掃除する程度のことで、どの運転手もしていることである。2の事実中、原告が、大黒埠頭用地にあった砂利を担当車両に積んで自宅に持ち帰ったこと、業務執行中、担当車両に原告の子を三回ほど同乗させたことは認め、その余は否認する。砂利の件は、これを管理していた横浜市の職員に頼んでもらい受け、同埠頭からの帰りの空車を利用して運んだものである。3の事実中、(1)ないし(4)の事実は認め、その余の事実は否認する。原告が磯子営業所長横井正(以下「横井所長」という。)に申し出たことはいずれも真実であり、同僚の中山豊と隈部千治の仕業であることの疑いも十分である。

第三被告の主張

一  原告の主張一ないし三及び五記載の事実は認め、四記載の事実は否認する。当時被告は、原告が全国一般労働組合神奈川地方本部の組合員であることも被告の従業員に対して組合の必要性を説いてまわっていたことも知らなかった。

二  被告は、原告に次のような解雇事由があるため解雇したものである。

1  被告は、横浜市から北部工場の燃焼残滓運搬、神奈川下水処理場の沈砂しゅんせつ清掃業務、中部下水処理場の沈砂等運搬業務、栄第二下水処理場の脱水ケーキ運搬業務等を受託している。

この業務の受託は、一年毎入札により行われるが、諸規則の遵守等厳しい条件が付されており、これに反したときは、委託の取消しはもとより入札指名資格の取消し等も行われることになっている。

被告は、受託契約時に、横浜市から制限速度の遵守、工場内指定場所以外での洗車の禁止等を申し渡されていたので、これを受けて、原告を含む関係従業員全員に対し、その趣旨を徹底していた。

ところが、原告は、(1)昭和六一年四月ころから、北部工場内において、同工場の職員の制止を無視して、担当車両の洗車や立小便を繰り返し、(2)昭和六二年五月ころ、神奈川下水道処理場内の洗車の禁止されている場所で洗車をした。

このため、被告は、北部工場の職員から、同年四月六日、原告運転の自動車の車両番号を特定したうえ、当該自動車の運転手が立小便をしたので注意してもらいたいと言われ、さらに、同月一五日、再び原告運転の自動車の車両番号を特定したうえ、当該自動車の運転手は同工場敷地内においてこれまで何度も立小便をし、同日も立小便をしたが、被告は従業員に対してどのような教育をしているのかといった注意を受けたほか、神奈川下水道処理場内の禁止場所での洗車について元請会社から注意を受けたりして、同月一六日には、横井所長と被告の新堀嘉一経理部長(以下「新堀部長」という。)が同工場に赴いて詫び、穏便に済ませてもらうよう頼まなければならなかった。

2  そのほかにも、原告は、(1)昭和五九年九月ころ、担当車両を運転中、戸塚カントリー付近で女性の運転する赤色の乗用自動車に接触する事故を起こしてそのまま逃走し、(2)同年一〇月ころ、担当車両を運転中、被告の得意先である青柳興業の自動車に接触する事故を起こしてそのまま逃走し、(3)同年五月ころ、担当車両を使用して、横浜市が神奈川区の大黒埠頭用地に埋立用として保管していた砂利を無断で自宅に持ち帰り、(4)同年九月ころ、被告の磯子車庫内に駐車していた所有者不明の乗用自動車のタイヤ四本を切り裂き、(5)同じころ、北部工場内において、被告の外注先の運転手に対し、作業の妨害をするなどの嫌がらせをし、(6)同年一〇月ころから五回以上にわたって原告の子を担当車両の助手席に乗せて就業するといった非違行為を繰り返した。

3  さらに、原告は、横井所長に対し、そのような事実がないのに、(1)昭和六二年七月中旬ころ、担当車両の右側テールランプが全部なくなっているが、これは同僚の中山と隈部の仕業であると訴え、(2)同年八月中旬ころ、磯子営業所の事務所内で中山がバットの素振りをし、それが当たってロッカーが壊れたと訴え、(3)同年九月二三日、担当車両の左前輪のタイヤの空気が抜かれているが、これは中山と隈部の仕業であると訴え、(4)同月二六日、担当車両のブレーキオイルタンクのキャップが緩んでいるが、中山と隈部がブレーキオイルの中に異物を混入したに違いないと訴えた。

被告としては、もし原告の言うことが真実であれば、事は極めて重大であり、とりわけ(4)の行為は悪質かつ陰湿で死亡事故をも起こしかねず、到底放置することができないものであるし、反面、これが原告の狂言であれば、同僚を陥れようとする破廉恥な行為であり、被告との間の雇用契約における信頼関係を破壊するものであって、これまた到底黙過することのできないものであった。そこで、被告は、原告の言うことが真実であれば中山と隈部がそのような行為に出るにはそれなりの動機があり、原告の言うことが虚偽であれば原告に虚偽のことを言う動機があるはずであると考え、原告、中山、隈部らから事情を聴取したところ、原告からは納得の得られるような説明がなされず、中山と隈部の説明から、同人らがそのような行為に出たことはなく、原告は中山から昭和六一年六月に借りた一万円の返済を求められて憤慨していたこと、班長をしていたころ、中山や隈部に対し、自分の意向で同人らをいつでも配置換えすることができると威張っていたのに、班長職を解かれ、その後任に隈部が抜擢されたことなどを逆恨みして申し出たものであることが判った。

4  原告の右1ないし3の行為は、解雇事由を定めた被告の就業規則二四条一項三号の「事業の縮小、廃止、その他業務の都合によるとき」の「その他の業務の都合によるとき」または雇用関係における信頼関係を破壊するものであって同項四号の「その他従業員として不適当と認められたとき」に該当する。

第四証拠関係

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  原告の主張一ないし三及び五記載の事実は、当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない(証拠・人証略)と原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五九年三月一日、被告に雇われ、ダンプカーの運転手として、担当車両を運転し、北部工場から出る燃焼残滓を横浜市瀬谷区神明台にある処分場まで運搬する業務に就いていたが、同年一〇月ころ、その業務執行中、被告の得意先である青柳興業の自動車に接触する事故を起こした。

2  原告は、その業務執行中、担当車両に原告の子を数回同乗させたことがあり、昭和六一年五月ころには、横浜市が神奈川区の大黒埠頭用地に保管していた砂利を担当車両に積んで自宅に持ち帰ったことがあった。

3  原告は、北部工場で立小便をしたことがあり、そのために、被告は、昭和六二年四月六日、同工場の職員から注意を受け、さらに、同月一五日に再び立小便をしたとして同工場の職員から注意を受けたので、事を穏便に済ませてもらうため、同日横井所長と新堀部長が同工場に赴いて詫びた。

4  被告は、北部工場で立小便をしたことを理由に同月二五日原告を北部工場の燃焼残滓運搬業務から神奈川下水道処理場の汚泥運搬の業務に配置換えした。

その直後、原告は、同処理場内の禁止されている場所で洗車をし、そのために、被告は、元請会社の神港商会から電話で注意を受けた。

5  原告は、全国一般労働組合神奈川地方本部に加入していて、折りに触れ被告の従業員に対して組合の必要性を説いていた。当初、同僚の中山と隈部も原告に同調していたが、どういうわけか昭和六二年五月ころから態度を豹変させ、原告の組合活動に批判的になり、原告を敬遠し、むしろ敵視するようになった。こうした状況の中で、そのころ、原告のロッカーの中の品物が外に放り出され、同年七月中旬、原告の担当車両の右側テールランプが全部持ち去られ、同年九月二三日にも担当車両の左前輪のタイヤの空気が抜かれるということがあった。原告は、その都度横井所長にその旨を申し出るとともに、他の従業員については思い当たることがなく、中山と隈部の態度だけがそのころ豹変したことから同人らの仕業と思い、同人らを調べてくれと言ったが、同所長は取り合わなかった。また、同年八月中旬ころ、中山が磯子営業所の事務室内の原告の近くで野球のバットを振り回してロッカーに当てたことがあったので、それも原告に対する威嚇であると思い、横井所長に対し、その旨を申し出たが、同所長は取り合わなかった。

6  タイヤの空気が抜かれた日の夜、原告は、妻にそれまでの経過を話したところ、不安を感じた妻は、翌二四日横井所長に面談して真偽を確かめたが、同所長の話が要領を得なかったので、同所長の了解のもとに、同日JR根岸駅前の交番に寄って係官に事情を話した。

7  同月二六日、原告は、神奈川下水処理場で担当車両のブレーキオイルタンクのキャップが緩んでいるのに気付き、横井所長にその旨を申し出、これも中山か隈部の仕業に違いないと思うと述べた。

横井所長は、同日原告の担当車両を調べたところ、ブレーキオイルタンクのキャップの裏に白い粉が付いていたので、富国運輸株式会社にブレーキオイルの異常の有無の検査を依頼した。

8  同日、原告は、被告から事案が解明されるまで自宅で待機するよう命じられた。しかし、被告のこの措置を納得することができなかったので、その夜磯子警察署の交通課に電話で相談したうえ、二八日に刑事課に赴き、係官にそれまでの経緯を話した。係官は会社の方に電話をしておくと言ったが、原告に対してはそれ以上のことは何も言わなかった。その後、係官から被告に対し、従業員の間でごたごたがあるのかといった問い合わせがあった。

9  新堀部長は、同年一〇月三日、原告を本社に呼び出し、被告の営業部長小林ひでと横井所長とともに、原告が自宅待機中であるのにブレーキオイル等の件で警察に行ったことをなじり、内部にそのような行為をする者がいるはずはなく、絶対に外部の者の仕業であることを強調し、そうでなければ原告の狂言であるかのように言い、内部に不心得者がいると言い触らすのは被告の名誉と信用を害することであるから以後止めるようにと言ったのに対し、原告は、内部の者のいやがらせであるとして強硬に調査するよう要求し、それに応じなければ警察に調べてもらうより仕方がないと主張したため、結局物別れになった。被告は、その直後の同月九日、原告に対し、会社都合により解雇する旨を通告した。

解雇後に富国運輸株式会社からブレーキオイルには異常がなかった旨の検査結果が被告に報告された。

三  被告が原告の非違行為であると主張する事実で右に認定したもの以外の事実については、(証拠・人証略)をもってもこれを認めるには十分でなく、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

四  被告は、原告の行為は、解雇事由を定めた就業規則二四条一項三号の「事業の縮小、廃止、その他業務の都合によるとき」の「その他業務の都合によるとき」に該当すると主張するが、右規定の体裁や同項の他の解雇事由と対比すると、「その他業務の都合によるとき」とは、事業の縮小、廃止に準ずるような経営上の都合による場合をいうものと解すべきところ、右認定の原告の行為はこれに当たらないものというべきであるから、右主張は理由がない。

さらに、被告は、原告の行為は、解雇事由を定めた同項四号の「その他従業員として不適当と認められたとき」に該当すると主張する。

しかしながら、原告の右行為を子細に検討すると、そのうちの二の1の交通事故の件は、非違行為であることは明らかであるが、(人証略)によれば、右事故による担当車両の損害はなく、青柳興業の車両の損傷は極めて軽微で、被告から損害があれば弁償する旨を申し出たにもかかわらず青柳興業からは何の要求もなく、また、右事故によって青柳興業と被告との関係が悪化したこともなく、当時、被告は、その事故について原告の責任を問わなかったばかりか、その後の昭和六〇年四月には、原告を北部工場に配属されている従業員七名の責任者である班長に昇格させていることが認められる。2の業務執行中原告が担当車両に原告の子を同乗させた件は、職務上の規律違反に当たるが、その違反の程度は軽微であり、砂利の件は、原告はこれを管理していた横浜市の職員からもらったものであると供述しており、果たして被告の主張するように無断で持ち出したものかどうか必ずしも明確ではない。その砂利運搬のために担当車両を使用したことは担当車両を私用に使用した非違行為といえるが、帰りの空車を利用したものであって、そのためにわざわざ大黒埠頭に行ったものではない。3、4の立小便や禁止された場所で洗車をしたことも非違行為ではあるが、そのために、特に、被告の営業に支障が生じたり、被告と北部工場や元請会社との関係が悪化したりしたことはなく、(人証略)によれば、原告が北部工場で立小便をしたことについては、担当職務を神奈川下水処理場の汚泥運搬に変え、班長職を解いたことで決着していたものと認められる。

被告は、これらについては、解雇後に解雇事由であると主張し始めたことであり、実際には、原告がテールランプ、タイヤ、ブレーキオイルタンクのキャップ等の異常を問題視し、警察沙汰にしたことを理由に原告を解雇したものである。しかし、5ないし7で認定したとおり、原告の担当車両のテールランプがなくなり、タイヤの空気が抜かれ、ブレーキオイルタンクのキャップが緩んでいたこと自体は虚偽のことではない。原告が確たる証拠もないのに中山と隈部を名指しして同人らがしたと言ったことは軽率であるが、これらの事件の内容、当時の被告社内における原告と中山や隈部との関係、被告の対応などを考えると、原告が中山や隈部に疑いの目を向けたことも、原告とその妻が不安に思って警察に相談したことにも無理からぬ面がある。

このようにみてくると、先に認定した原告の行為は、非違行為としては軽微なものであるか、既に原告と被告との間で決着したものであるか、あるいは非違行為には当たらないものであり、被告との雇用契約における信頼関係を破壊するものともいえないから、これをもって原告が解雇に値するような不適格者であるということはできない。したがって、就業規則二四条一項四号の「その他従業員として不適当と認められたとき」には該当しないというべきである。

そうすると、本件解雇は、就業規則に定める解雇事由がないのにこれがあるとしてなされたものであって、解雇権を濫用するものというべきであるから、これが不当労働行為の意思によるものであるかどうかを判断するまでもなく、無効というべきである。

五  被告において、賃金は毎月一〇日に前月分を支払うものとされていること、原告の本件解雇前三か月の平均賃金は月額三一万〇九七四円であることは、いずれも当事者間に争いがない。他に特段の事情の認められない本件においては、原告は、本件解雇がなければ、引き続き右と同額の賃金を受けることができたものというべきであるから、被告は、本件解雇以後も毎月一〇日限り右同額の賃金を支払うべき義務がある。なお、本件口頭弁論終結時までに弁済期の到来した賃金すなわち解雇時の昭和六二年一〇月九日から平成三年三月三一日までの賃金の額は、一二九八万〇六五六円となる。

六  よって、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 櫻井登美雄 裁判官 中平健)

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